/ labo / issue 01 / 2021/3/26
BACK TO MONO
「horaana labo」は、オーディオをはじめとして、世の中の気になることを自己研究するコーナー。今後のテーマは割と無計画ですが、
まず第1回目は、「モノラル再生」について。
気軽なブルートゥーススピーカーをイメージした「SAI」の開発を始めてから、ステレオでなくモノラルで音楽を聴く機会が増えました。
当初、ステレオで聴くことを想定して音楽家が丹精込めて作った音源を1つの音にミックスして聴くことに、もったいないような、どこか後ろめたい気持ちすら持っていました。
研究するとステレオ音源をモノラルにミックスすることも結構難しい。左右2本の音声ケーブルをただ単純に1本にまとめるだけだと、繋いだ機材に悪い影響が出ることもあることも知りました。
抵抗を入れて音声が逆流しないようにしたら良いそうなので、自作でケーブルを作ってみましたが、なんだか音がパッとしない…。
レコーディング用のミキサーを引っ張り出してきて、いろいろといじってみて分かったのは、ステレオ音源の左右バランスは、音楽によってかなり様々だということ。ステレオで聴いているような印象をモノラルで再現するには、毎回手動でミックスするくらいじゃないと無理でした。
あるとき、Boards of Canadaの「1969」を自作ケーブルでのモノラルで聴いていたら、曲の後半でリフレインされる "1969 in the sunshine." という声がほとんど聞こえないという現象が…。
ステレオだと声が不思議な揺らぎとなって聞こえます。おそらく、左右の声の成分は「逆相」といわれる、打ち消しあう鏡合わせのような関係性にあるのでしょう。
発見と同時にこんな状態になってしまうモノラル化再生で音楽を聴いていいの?という懐疑心が…。
しばらくモノラル化はあきらめていましたが、新たな転機が訪れました。
スマホやパソコンを使ったら簡単にモノラル化できることを知ったのです。機能設定を変えるだけ。目から鱗でした。
やはり「1969」問題は解決されませんでしたが、その気軽さに可能性を感じました。SAIを使ったオリジナル・ブルートゥース スピーカーを作ったら面白いかも。
スマホでサブスクの中の好きな曲をジュークボックスのように選んで、モバイルバッテリーによってどこにでも持ち運べるようになったSAIで聴く。
しばらく使っていると、現代の蓄音機のように思えてきて、ステレオ再生とは別の楽しみ方を発見しました。
しっかりと音楽を味わいたい時は、ステレオの方がいいけれど、何かをしながら聴くときは十分。というか、モノラルで聴いた方が気が散ることがなく、作業に集中できることを知りました。
いつもの慣れ親しんだ音楽が、モノラルだと新鮮に聴こえたり。今まで意識しなかった音にスポットが当てられたような効果。
「音の凝縮感」とでも言ったらいいのでしょうか。蓄音機から発せられる音の密度はすごいものがあると以前から感じていました。SP盤の音ももちろんモノラル。1点から放射される音は、芯が通った、地に足がついたような印象を持ちます。「ここから音を出しているよ」と言ってるかように存在感が明確。
それに比べてステレオ再生はトリッキー。揺らぎの要素が加わり、よく調整されたステレオスピーカーだと、どこから音が鳴っているかよく分からない状態になります。2つの耳で左右の音の違いを聞き分け、立体感や方向性を把握する人間の特性をうまく利用した再生方法。
魔法のように素晴らしい音響効果を生み出せる反面、何かをしながら聞くと、意識が散漫になる印象もあります。
フィル・スペクターが1960年代に提唱した「ウォール・オブ・サウンド」。エコーを多用したギミックなモノラル音響の古典。
そのサウンドの目的は、「広がり」ではなく「集中」にあると僕は思っています。音楽の「聴きどころ」を明確にすることによって、音楽の力を1つに集約させる効果を狙っているのではないでしょうか。
おもに、ポップスでは一番の花となる「ヴォーカル」にリスナーの意識を最大限に集中させる手法です。レコードの売り上げにも貢献しそうですね。とはいっても、その花を生ける花器(バックトラック)も重要。ヴォーカルを引き立てることに特化したサウンドが大胆なミックスによって作り上げられています。
情報過多な現代人にとって、スペクター・サウンド的な取捨選択は必要なのかもしれません。こんな今の時代だからこそ、あえて「BACK TO MONO」でどうでしょうか。
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